後世に想いを馳せ、行動を考える今日この頃
先日、とあるSNSでドクターの方と整体師の方が口論?意見交換?
をしている動画を見ました🙄
ナントカの虎みたいなやつです。
整体師さんの主張は「何百人?何千人?も治った、治っている」
という『実績』がある。
お医者さんはそれはエビデンスがないから信用できない。
そのエビデンスを示せ、と。
概ねこんな感じでした。
全編見ていないので切り取ったところだけなの感想です。
私はこのやりとりで、なるほどなぁ〜、と思うところがありました。
全部のお医者さんではないと思いますが、スタンダードな意見として、
お医者さんが言っている「エビデンス」というのはミクロ的な視点からスタートして、
その1つ、ないしは小さな範囲での科学的変化から全体への波及を観測したものなのだな、
と思いました。
起点となる科学的根拠から始まって、
次点、次次点へと科学的根拠を積み重ねて行く、
そして、最終的に全体に及ぼした変化の結果を測定する、
そういった流れが必要なんだなと。
確かに理論的ですよね。
ということは、、、
何が起こったかわからないが全体として効果があるものは、
何万件と実例があっても、
確実に効果があるという現象が起こっていても、
患者さんの変化が実感されても、
お医者さんにとって必要な所謂「エビデンス」という代物にはならない。
そういうことなんですね〜😭
他のお医者さんのSNSでも私たちのような
療術業とかの人たちは「根拠」がないと言います。
「根拠」というのは実際に起こっている現象とは異なるもの
という扱いです。
その起こっている現象の根拠は科学で説明できることでなければいけない、
お医者さんにとっては「絶対条件」ということですよね。
こうなると、
私たちのような療術業はエビデンスを確立して行くことが
個人、企業単位だと非常に難しいということになります。
エビデンスなんて必要ない、というお声も多少なりとあると思いますが、
そこは今は置いておきましょう👍
では私たち療術業がエビデンスを持った技術を
提供できるようになるには❓
と考えると、科学的な研究機関と共に歩む必要がある。
療術業が人体に起こしている科学的変化のミクロ的視点での解析と、
その再現性などの調査研究が行われないと
ダメだということになろうかと思います。
多くの療術業の方が動画配信サイトやSNSでご自身の施術の効果や効能を
見せてくれていますが、、、
今の日本の医療業界やそれを中心とする世論観からは全く相手にされない、
むしろ怪しいものとしての認定をしてください、
と主張しているようなもの、、、
ということにもなりかねない行動になっています。
悲しいかな、、、
そういうことなんだと思います。
私も療術業を行うものとして非常に苦しい、悲しい心境ではあります。
欧米などの代替医療を推進している国がどのような世界観を持っているのかは
定かではありませんが、少なくとも日本においては、
○世の中は科学で証明できないことばかりで、(これは事実)
○人体はほとんど解明されていない未知のものであり、(これも事実)
○実際に目の前で起こっている人体の変化<ある程度再現性が担保されるもの>を
根拠がある事実として受け入れる。
という感覚が一般的に浸透しないと療術業は、
永遠に「怪しい奴ら」というレッテルを
貼られたままになりますね。
それでも効果を出して、自分を信じて頼ってくれる患者さんを救えば良い、
という考えも、もちろん尊重されるべきことだと思います。
それはそれで尊い考えと行動だと思います^^
さて、今後の世界をどう作って行くかを
どのように考えているかによっても
意見が分かれるところだと思いますが、
私の考えとしては、今まで書いてきたような言わば分断?のようなものは
病める人(患者さん)にとっては何もプラスにならない、
だから、この分断と表現している今の社会の常識?認識?
そして、それを起こしている社会構造、機能に変化を起こす必要性を
感じているわけです。
とにかく、このままじゃ
なーーーーーんにも
患者さんのための世の中には
ならないんですよ!!
↑↑↑↑↑
これめっちゃ強調して伝えたいところ!!
まぁ、もしも変化が起こらなくても変化に向けた動きをすることが、
私は後世のため、患者さんのためになると信じています。
よって、1ミリでもそういう方向性のベクトルで力を使っていきたい。
そう考えている今日この頃です。
てなわけで、今日はここまで!!笑
さようなら☺️またよろしくお願いします!
