私たちの医療や健康と宗教の関係って?②

こんにちは! さぁ続きです!笑

個人的には意外と面白い内容な気がしていますがw w

自分で書いているからでしょうか!?笑

 

【①はこちらから】

私たちの医療や健康と宗教の関係って?①

 

続きをはじめます!

 

 

一神教の文化である西洋と、

多神教文化の東洋、という構図はイメージできますよね^^

 

では、西洋哲学とは!?

に進みます^^

 

 

西洋哲学とは階段的であることと、

本質的に無知を前提とするものと言えるんです〜

 

今生きているこの世界とは、一体何なのか、

絶対的に正しいものは何なのか?

そもそもそ「ソレ」は存在するのか?

 

 

こういった根源的な問いについて、真理を探っていく。

西洋哲学者は一様に皆が無知であって、

その無知であると言うことから、

一歩一歩、階段を上っていくと言うプロセスを踏んでいく。

 

この無知と言うことに対して、西洋哲学者は臆することはありません。

一つ一つ積み重ねていき、自問自答や自分のその真理に対する対応を

究極的に突き詰めていく。

 

そして次の世代の人々が自分が到達できなかった場所へ

必ずや達してくれることを願って、

自らの哲学を書き残して後世へと引き渡していく。

 

そうやって後世の哲学が洗練させたものを完成させていく中で、

その成果物を「完成された素晴らしい哲学」だとして完結するわけではなくて、

またそれを破壊して、破壊した上で新しく物事を考える。

 

2500年もの膨大な時間を費やして、

積み上げてきた強力な学問といえます。

 

小さなことから、どんどん考えて考えて突き詰めていった。

その結果、出来上がったのは西洋哲学です。

 

究極の真理に向かって、人類は論を積み上げてきた。

そしてさらにそれをまた懐疑的に疑い、そこを壊し新しいものを

作り上げていく!

 

なんかカッコいい😎ですよね!

 

未だ完成には至っておらず、

今でも究極の真理に向かって進み続けている。

西洋哲学とはこのように今でも進み続けています!!

 

しかーーーーーーし!!!

東洋哲学は全く違います🙄

 

 

東洋哲学は、西洋医学のそういった営みとは根本的に違っていて、

無知を前提にしていません。

 

東洋哲学は臆することなく、こう宣言するところから始まります。

 

 

「我は真理を知り、悟った。」

テーレッテレ〜〜〜〜♪

 

究極に達したーーーーー!!!

 

 

まずはそこから始まります(笑)

 

 

 

西洋哲学が一歩一歩積み上げていた研鑽の歴史を

コケにするかのごとき所業(笑)

 

西洋哲学が2500年をかけてまだ到達できていないと言うのに

東洋哲学はそれをあざ笑うかのようにとっくに到達済みだよ、と宣言する。

 

ここから始まるのが東洋哲学であります!!

 

 

ゴールを目指そうとする西洋哲学に対して

東洋哲学はゴールしたところからスタートする。

そもそものベクトルが違っているんですね(^^)

 

 

スタート地点の違いが最も大きな違いかと思います。

その究極に達した人を「悟りを開いた人」といいます。

 

東洋哲学は頂点にいる人に対して、

「ここが間違っている」とか

それをを「新たに直していく」という事はしません。

 

時代の変遷によって、何を変化させるのかというと、

「解釈を変えていく」

 

その解釈がを変わることで、さまざまな宗派が発生し、

その宗派と言うものに対して、またヒエラルキーというかそういった

ものが形成されていく。

 

 

いずれにしても東洋哲学は、

まずは悟った人間が現れて、その悟りに対して周りにいる人たちが

「この人は何を考えたのだろう?」

と言うところを書き起こして、

その解釈を見つけて、

それを書物なり文章なり言語化して、

哲学として利活用する。

 

 

そういったものが東洋哲学になります!!!

 

 

このような状態だから東洋哲学の書物は、

宗派や派閥などの微妙な違い、

つまり解釈の違いによって多くの専門用語を

たくさん羅列した恐ろしく退屈なものになりがちw w

 

難解だってことですねw

 

 

釈迦と言えば、

「執着をなくせば苦しみは消えますよ」

 

老子と言えば、

「自然に任せて、ゆったりとすれば人生うまくいきますよ」

 

といった感じの、口当たりが良いとも感じるような言葉で、

さらっと表面だけを擦り、

ガツガツした競争社会で苦しんでいる現代人への一服の清涼剤として、

東洋哲学のおおらかな考え方もたまには良いでしょうか、

とお茶をお茶を濁して終わるような本になっているのが関の山。

 

しかし書物を書いた人が悪いのではなくて、

東洋哲学とはピラミッド型構造の学問であり、

ピラミッドの頂点にいる人にしかわからない物なのです。

 

そのそもそういう物ってこと!!

 

 

だからピラミッドの長大な底辺を網羅的に詳しく解説するか、

ピラミッドの頂点を遠くから見上げるような格好で、

「私たちにはとてもそんな境地に辿り着けませんが〜〜」

と遠くから見上げながら、

当たり障りなく称賛するか、

このどちらかにならざるを得ないといった感じです。

 

 

そしてどちらにおいても、

その著者は東洋哲学の本質を読者に理解させようとは、

端から思ってなどいない。(かもしれない!笑笑)

 

もっとも、東洋哲学、釈迦の悟り、老子の道(たおと)は、

実際にその境地に達し体得して初めてわかるものであって、

言葉でだけ学んでも本当のところは分かりません。

といったようなニュアンスの但し書きが書いてある書物も

多く見られるのでそういう可能性があんじゃないかな〜と、ね。

 

 

でもまぁ、そうなると、初めから匙を投げている状態ともいえますよねw

 

 

なので本当の意味で東洋哲学を理解する方法は、

自分自身がピラミッドの頂点になると言うこと以外にないと、

逆説的にはそうなるってことですw w

 

こう書いてみると、東洋哲学はわけわからないもので、

西洋哲学は論理的で有用なものという感覚になるかもしれませんが、

私は一概にそうではないと思っています。

 

そもそもの民族性が違うということもあるので、

必要とする答えも違うので東洋には東洋に必要な考え方がある

と思っています。

 

私たち日本人にとっては東洋哲学を実社会に落とし込んだ方が

もしかしたら良くなることも多々あるのではないかと、

私は個人的にはそんな推察をしています。

 

さてさて、、、、

このブログのゴールは西洋医学と東洋医学についてなのでしたw w

 

冒頭にも書きましたが、意外とおもろい!!笑

 

 

では次回はようやく医学についての話に進んでいきます^^

ここまではそれを語る上での土台となる部分なのでありました〜〜。

 

 

では!!